2. サクーのバレイショ栽培の概要
サクー Sankhu 注1)は、ネパールの首都カトマンズから東へ17km、サリナディ川の扇状地に位置し、中世の歴史と文化が息づくムラです。
Fig.1 サクーの位置
Fig.2. サクーのサリナディ灌漑システム ( 灌漑溝は2016年の調査による )
作物栽培の圃場は Sali Nadi 川灌漑水系に属し、灌漑受益面積は200ヘクタールほどです(Fig.2 参照)。自然流下による灌漑設備が十分に機能しないため全圃場面積に十分な灌漑水を供給できず、水稲栽培 (イネの湛水栽培) は上流側から開始され、雨季が進むにしたがって下流側に移ります。このため、夏バレイショ栽培開始は上流側で早い傾向にあり、2 次~ 3 次水路の状況、地形、近年では下流側におけるポンプ潅漑の利用や農家の労力配分との関係で決まります。灌漑用水路の維持組織はなく、個々の農民の対応にゆだねられています。
Fig. 3. Cropping calendar of major crops in Sankhu
Fig.3はサクーの作付け体系です 注2)。もともと自給的な農業が営まれており、雨期に水稲、乾季に小麦を作付けし、加えて自給のための野菜が生産されていました。1990年代になって、カトマンズの野菜市場の需要が増加した結果、カトマンズ近郊におけるバレイショ産地(Pocket Area)の一つとなりました。バレイショの2 期作が可能な圃場の土地生産性は伝統的な水稲―小麦の二毛作の土地生産性の2.7倍にもなり、バレイショはサクーにおける重要な換金作物となったのです(近藤巧他, 2000)。バレイショ以外の作物としては、雨よけ栽培のトマト、キノコなどの商品作物が徐々に増加しています。
夏バレイショ、冬バレイショの名称は 現地における呼称、barkhe aloo バルク・アルと hiunde aloo ヒュンデ・アルの訳語です。イネ (雨季栽培) は雨季にあわせて水稲栽培を開始、移植後の約 3 ヶ月目に収穫します。イネの収穫直後、直ちに畝立てしてバレイショを播種、2-3 ヶ月後に収穫するのが夏バレイショです。夏バレイショは 9 月中旬~10 月中旬に栽培面積のほぼ 80% が播種され、それらに比べて 10 日間ほど早い例、あるいは遅い例もそれほど珍しくありません。夏バレイショ収穫後、引き続き畦を作り直し (畝立て位置をずらして)、あるいは裸地で栽培し、本格的な雨季開始前に収穫するのが、冬バレイショです。バレイショの作型は1990年代に完成していますが、2000年の栽培面積割合は夏バレイショで約 40%、冬バレイショで約 90%を占めます。小麦の冬作は約 10% で、夏バレイショを栽培しない圃場は裸地でした。
夏バレイショはイネ収穫後、通常速やかに (数日間内に) 播種されます。しかし、イネ収穫から夏バレイショ播種までの期間は、当日 (イネを収穫しつつバレイショ畦を造成) から1週間程度までの幅があります。その長短は労働力が確保できるかどうかにも依存しています。播種から萌芽 (50%) までの期間は、夏バレイショ栽培では高温のために約1週間です。
2016年においては、10 月中~下旬に夏バレイショの着蕾期に達した圃場面積割合は 20-30% でした(一部は開花初期で、開花盛期に達した圃場は皆無でした)。夏バレイショ播種の最終日は 10 月下旬の初めでした。これ以上遅くなると塊茎肥大期が低温期に入り、12月~1月には霜害が発生しうるので、妥当な判断といえます。
夏バレイショの塊茎は高温・降雨が多いため水分含有率が高く種イモとはならず、冬バレイショの塊茎が両期の種イモとして利用されます。
バレイショ作付け圃場の形状は、櫛状に高畝をたて、灌漑する。畝立てはすべて手労働で、手鍬(コダリ)を使用します(写真)。灌漑回数は夏・冬バレイショ栽培とも 3-4 回ほどです。
水稲栽培においては堆肥・化学肥料を施与しません。夏・冬バレイショ栽培にあたっては化学肥料を施与し、また、殺菌剤の散布とともに、微量要素・ホルモン剤が散布されています。稲わらの一部は家畜飼料として圃場から持ち出されます (Newar は宗教上の理由で牛を使役に使わないので、牛の飼育は一般的でない) が、大部分は圃場の一部に堆積、堆肥化させ、また、夏バレイショの残渣も堆肥に入れ、それら全量を冬バレイショ栽培に際して圃場にすき込み、また、化学肥料を投与します。夏バレイショ残渣の堆肥化期間が短く病原菌の消長が危惧されますが、冬バレイショ播種後のしばらくの期間は低温のため萌芽期までの期間が長く、その期間に腐熟が進みます。
- 本報告書でサクーは旧行政区DVC(農村開発委員会)のSutole,Pukhlachi,Salmutarの範囲をさす。2014年、周辺の8つのVDCを統合して、サンカラプール市Shankharapur Municipalityが創立され、市庁が置かれている。
- サクーのバレイショ生産の詳細については農業開発研究会(2017)「バレイショ疫病と農薬の適正使用:サクーの持続的農業の発展」を参照。