フィールドサーバNexagの経緯・現状(2024年8月5日)
- フィールドサーバ導入の背景
NPO農業開発研究会ではJICA草の根技術協力「ネパール・サクー村における農薬の適正使用技術」(2014~16)を実施した。その後、引き続き、サクーの持続的農業の発展に寄与すべく、圃場レベルの気象観測データによってバレイショ疫病発生危険日を予測し、農薬使用の抑制・使用の最適化をはかることを課題とした。北海道における長期間にわたるFLABS法による予測の知見をふまえ、世界標準となっているBLITECASTなどの予測法などを中心に農業気象データの利用法を研究している。
サクーでは、当初、農業グループの活動として気象観測を実施したが、以下のような課題が浮かび上がった。
- 観測の継続性(FLABSの場合は日データ、BLITECASTの場合は時間データが必要であり、いずれも観測データの連続性が重要である)。
- 簡易な計測器を途上国で使用すると、人的要因で生まれる測定誤差・機器の耐用期間・破損を含め、コストはかなり高くなる。同じ水準の性能・観測精度を保証する同一機種が入手不可能であること、代替品が得られないことから、データ精度の継続性が保証されない。
- 文化の違いで観測記録の中断が生じる。「お祭り」で不在になる場合は、観測者の代わりを見つけることは難しい。
- 観測は、いわゆる技術支援のためのデモンストレーション効果とは異なる ― 村の人は「結果」を重視し、それが「わかりやすさ」の指標となる。
- 途上国において客観的なデータを得るためには、「人目にさらさないよう、隠す、埋める」ことがベストである。しかし、そもそも「見える化」し、自らが収集したデータを活用するという、技術移転の領域で逆効果となる。したがって、NPO活動では、現地での実践的な教育・訓練が不可欠で、人材育成こそが必要である。
サクーにおける経験から判断すれば、フィールドサーバの役割は大きい。わが国で、フィールドサーバへの関心が高まったのは、20年ほど前である。2002年ごろから実用化モデルが開発され、2004年ごろから市販品が出回ったが、当時、基本セットの目標価格を6万円程度としていたことは重要である(農研機構NAROのプレス用記事 https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/carc/043287.html ) 。
急速な通信環境の変化があり、近年ではフィールドサーバの価格は数十万円程度にまで下がり、農家の情報利用は、いつでもどこでも使えるスマホに変わりつつある。スマート農業に対する期待は高まりつつあるが、トラクターの自動運転あるいはドローンによる農業資材の散布効率の改善などの機械技術への投資に対して、作物の病害発生や成長に影響する気象観測情報の利用技術はあまり進展していない。施設栽培と違って、露地栽培農家は気象条件を制御できない。フィールドサーバから得られる圃場レベルの気象情報を誰もが利用できるものとするためには、農家や研究者の経験知をどのように生かすかが問われる、スマート農業の先端領域である。
農業開発研究会では、2017年にネパール・サクー村にNexagを設置し、気象情報を利用したバレイショ疫病予測へ向けて準備を開始した。近年、フィールドサーバがローカルに開発されるようになった。Nexagは農業経営に役立つフィールドサーバを目的として、経産省の地域の情報産業育成補助事業をえて開発され、国内数か所でさまざまな実証試験に使用された札幌発のフィールドサーバである。
2017年の設置当時は、カトマンズ全域でブロックローテーションの計画停電が実施されていた時期でもある。実際、サクーにおけるインターネット利用時の応答速度は遅く、パールの2大通信会社のNTCとNCELL社の3Gの通信品質は良くなかった。こうした条件のもとで、データ送信時に電気消費量が想定以上に大きくなり、バッテリーの消耗は予想以上に早かった。ファームウエアのデータ送信プログラムの改良を試みたが、アップロードされたデータは不連続なものとなった。
サクーでの設置の状況(2017年10月)
毎時データの継続的な観測記録を難しくしたのは、バッテリーを現地で入手することが困難であったからである。Nexagは開発コンセプトとして「圃場のどこにでも簡単に移動できる」ものを目指したため、コンパクトな設計になっている。そのため、充電池は小型のディープサイクル鉛蓄電池、12v12aが標準仕様となっていて、プルボックスに収まる小型のものを使用している。
サクー村はカトマンズ近郊農村であり、カトマンズで容易にディープサイクル鉛蓄電池が入手できるとの考えは甘かった。また航空運輸法により、バッテリーを手荷物として持ち込めず、民間の国際輸送業者もバッテリーは取り扱うことができなかった(現時点でも同様)。加えて、鉛バッテリーの現地管理者の維持管理の手順の指導が不十分で、過放電時の対応に遅れが生じ、時間がいたずらに過ぎた。
2020年1月に新たに設置したNexag改良機は、バッテリー対策として、クーラーボックスのなかに現地調達の自動車用バッテリーEXIDE ATB、12V30Aを格納して稼働した。Simの利用料金不足、バッテリー交換作業によるごく短時間の観測中断があったものの、2年以上の継続的な毎10分、毎時観測データがえられた。なお、現在、カトマンズ周辺の電力供給は安定し、カトマンズ周辺地域における通信環境も大きく改善されている。2022年10月に原因不明のまま通信が中断した。2023年1月に再稼働のために機材を点検したが、バッテリー格納ボックスの下部から引き出されるリード線の断線を発見し、鼠の食害によるものと推測された。データがクラウドにアップロードされた最終時点は2022年10月 日 時 分であり、内部メモリには10月 日 時 分までの記録が残されていたので、充電不足の条件下で 時間稼働したことを示したいる。
かくして、得られた毎時気象データを利用してBLITECASTによるバレイショ疫病発生危険日を予測し、サクーのバレイショ疫病対策について、夏バレイショと冬バレイショの違いを示唆する重要な情報を得た(『サクーにおけるBLITECASTによるバレイショ疫病発生危険日の予測(中間報告)』参照)。
2.サクー村に設置したNexagの構成
Nexagは全体制御にDDL社製のe-DISPZ(ファームウエア・通信SIM・メモリ)を使用し、必要に応じて観測機器(センサー)を組み込むカスタマーメイドのフィールドサーバである。観測データは通常の通信回線を使用してデータベースに蓄積され、農家は別途用意されたNexagというソフトウエアでデータを見ることができる。ここではデータベースから必要な項目をダウンロードして、疫病発生危険日を予測したり、さまざまな気象の影響を事後的に解析する。
サクーにおける現在の観測項目は、BLITECASTに必要な気温、相対湿度、降雨量に加えて、土壌水分量、EC、Webカメラによる作物成長の記録である。
NEXAGのセンサー精度
■温湿度センサー メーカー名:Sensirion 型名: SHT31-DIS-F2.5KS
標準湿度精度 :±3%RH 25℃に於いて(20~80%RH)
標準温度精度 :±0.5℃(25℃に於いて)
■雨量計 太田商事 転倒ます型雨量計
雨量 :±0.5mm (20mm以下の時)
±3%以内(20mm超過時)
■土壌水分センサー
体積含水率(VWC) :±3% フルスケール (VWC 0~50%時)
±10% フルスケール (VWC 50~100%時)
電気伝導度 :±5% フルスケール
温度 :±1℃
コンソールボックス内の配線状況:e-DISPZがファームウエア内蔵の制御盤で、三つの小さな白いボックスは各観測機器の作動スイッチである。上方部に見える黒い部品がソーラパネルの充電コントローラー(EPSolar-LS0512R)である。3年の使用期間を経てボックス内には全く汚れがみられなかった。
上の2枚の写真は、2023年1月に撮影した、ソーラーパネルとの結線が絶たれ、数か月間放置されていたバッテリー。
2023年1月派遣時に同じメーカーEXIDEの新しいバッテリーを購入し、緑ランプのインディケータで充電を確認、電圧計で12Vを確認後、NEXAGの再起動を試みたが失敗-後日開催された札幌でのミーティングでバッテリーが「満充電」になっていない可能性が高く、1月末は気温がもっとも低い季節で、ソーラー発電による補完機能が働かず、起動時の電気容量に達しなかったことが原因と推測されたが・・・。具体的な改善策が不明で、当方にはいまだ納得がいかない。
3.2024年9月のNexag再稼働に向けて
1)e-DISPZにAC200v対応の電源アダプタを加え、電源が安定的に確保された状況で正常に作動するかどうかをテストする。問題がなければ、原因は充電池不良または充電不足ということになる。
2)充電器を持参し、バッテリーの電気容量確保・確認方法を明確にする(ネパール語によるマニュアル作成)。なお、長南は2017年にネパールへ持参したNexag1号機を札幌でテストした際にも「満充電」がなされていないとのアドバイスを受け、SD開発から借用した充電器により「満充電」にして起動させた経験がある。Nexag起動時の使用電流量、バッテリーの必要容量については疑問を抱えたままである。
3)現在使用中のソーラーパネルの仕様は12v 20kwで、充電コントローラーは EPsolar-LS0512R(取り扱い説明書は別添pdf参照)を使用している。コントローラーはpwm方式である。コントローラーをmppt制御にすると、電圧や電流を調整しながら最適な電力を出力できるよう常に制御するので、発電効率を改善する。Pwm方式に交換する場合はコントローラーだけを変えればよいのか、ソーラーパネルも同時に交換すべきか不明である。インターネット通販サイトではソーラーパネルとコントローラーはセット販売になっていて、5千円程度である。
- 鉛蓄電池の一般的な注意事項
・鉛畜電池電圧を11.5V以下に下げると、電池寿命が短くなります。
・鉛畜電池電圧を10.5V以下に下げると、再充電が不可能になります。
・過放電防止装置は付いていないので、注意が必要です。
・密閉した環境での鉛畜電池の使用は危険です。通気性のある環境でご使用ください。
4)e-DISPZの10分間隔の観測データの内部メモリへの書き込み、クラウドへの送信の流れのイメージは下図のようである。各センサーの電源入り切りのタイミングなどによって観測時は毎回、時差が生じ、厳密な意味での定時観測値とはならない。また、毎時のクラウドへのデータアップロードは、何らかの原因で失敗した場合は、何度か繰り返すよう、プログラムされている。
e-DISPZの観測と記録の時間管理について
5)定期的な機器の管理作業(ネパール語によるマニュアル作成)
・相対湿度センサー: 定期的な掃除が必要であるが・・・。自然通風シェルターのより頑健なものへの交換と掃除方法の指導
:ソーラーパネル: 掃除方法の指導