6-3 ローカルノレッジの重要性
バレイショ疫病に関する研究知識はすでに蓄積されているので、作物病理学の成果を現場に適用するために、その時、その場で何がもっとも重要な要因になるかを特定し、地域固有の条件を明確にする長期的な取り組みが必要になる。持続的な農業成長の観点から、先進国では地域の特性にあったシステムが研究開発されており、いくつかの代替的な方法が適用可能である。
北海道ではAMeDASによる気象情報が全域で利用可能なことから、気温と降雨量を使用して現在に至るが、Blitecast (Krause, et al,. 1975) 以来、バレイショ疫病予察システムに使用される気象変数は気温と相対湿度である。また、気温や相対湿度などの疫病感染に影響を与える気象条件は、地域によって変動の状況は異なる。以下では、代表的な文献(比較のために既出文献を含む)によって感染好的条件の違いを整理し、サクー固有の気象条件がもたらす、感染好適条件を探索するための参考とする。
Schumann ( 2000 ) によれば、“Temperature and moisture are the most important environmental factors affecting late blight development. Sporangia are formed on the lower leaf surfaces and infected stems when relative humidity is < 90%. Sporulation can occur from 3-26°C (37-79°F), but the optimum range is 18-22°C (64-72°F). Sporangia germinate directly via a germ tube at 21-26°C (70-79°F). Below 18° C (65°F), sporangia produce 6 to 8 zoospores which require water for swimming.
Each zoospore is capable of initiating an infection, which explains why disease is more severe in cool, wet conditions. Cool nights, warm days, and extended wet conditions from rain and fog can result in late blight epidemics in which entire potato fields are destroyed in less than two weeks. Infected tubers can sporulate in poorly controlled storage areas where conditions are too humid. Condensation produces water droplets on the surface of infected tubers which may then cause the pathogen to sporulate and contaminate neighboring tubers, leading to destruction of the entire pile by soft rot bacteria.”
Fry(2007)によれば“The moisture can be in the form of rainfall, dew, irrigation, fog, or clouds, and the amount of moisture is not as important as the duration of leaf wetness (typically at least 8–12 h). Optimum is important to late blight development. Very cool temperatures (< 15℃) slow pathogen growth and very warm temperatures (> 25 ℃) speed evaporation and are inhibitory to pathogen growth. ”
北海道(2014)によれば、「病原菌の活動には気温と湿度の影響が大きい。10℃を超えると活動は始まり、18℃から20℃が最適温度である。さらに降雨により多湿になると急速なまん延をもたらす。夜間の結露は胞子の形成、発芽および感染に好適し、日中に乾燥すると多量の胞子飛散が起こる。」
ネパールのNARC発行の農家向けの、バレイショ疫病に関するパンフレットでは、気温が10 – 12℃ 、 20 – 25℃ で相対湿度が 85 – 95%という好適気象条件が記されている。しかしながら、現在、NARCにバレイショ疫病の専門研究者が配置されていないこともあって、その根拠は不明のままである。ちなみに、Rangaswami(2006)は、”Excessive humidity (above 90 per cent R.H.) coupled with suitable temperature (12-13℃) for germination of sporangia and optimum soil moisture (15-20 per cent saturation) profoundly influence the germination of sporangia.” と、低温の影響を説明している。
Perez他 (2010) によれば、気温15~21℃、相対湿度80%以上で、胞子が発芽管を形成し、直接、宿主に浸透する。低温( low temperature )では、胞子が発芽して遊走子を拡散させるとある。しかし、「低温」の数値は示されていない。
ネパールでは病害予察圃場が設置されたことはなく、疫病と気象条件の関係は実証すべき課題として残されたままである。したがって、現時点では、リーダー農家がイニシアティブをとって、慣行技術の背景にある気象要因の影響を明らかにし、その情報を共有することが、適正な農薬使用を達成するために有効である。それはローカルノレッジというにふさわしい。
その際、感染好適気象指数の算出などによる疫病初発日の予測のみならず、さまざまな情報の発信が必要となろう。たとえば池田他(2016)は、2013年から2015年の3 年間の北海道の病害虫予察圃場での気温および湿度の日観測データを用いて、バレイショ疫病菌の成長阻害条件と疫病発生の関係を分析している。ここで、「菌の成長阻害要件」とは「気温30℃以上、かつ、湿度60%未満」である。疫病が発生しない気象条件に着目した情報発信の有用性を示唆している。
サクーにおける技術指導の期間、留意すべき点は以下のようであった。標高が高い場所(1300m)であるので、気温より露点温度が低くなることが起こり、また、カトマンズ区にあるような盆地では、早朝において霧 (露) の発生 (相対湿度が高い) がしばしば観察されていることである。農民がその時、その場で気温・相対湿度を確認できる環境をつくり、農民自身が自ら収集した気象観測データをローカルに活用する体制を構築中であるが、フィールドサーバーの導入により、気象観測値を確実に得ることが最重要課題である。
日々の気象情報の利用環境は急速に変化している。またネパール、カトマンズ周辺では、近年、通信環境が整備され、スマートフォンが普及し、リアルタイムの情報が利用可能である。たとえばMSN-Weather注6)はSankhu-Suntolを観測点として、1時間ごとの気象予報を公表し、10日間の気象予報を発表している(2017年2月時点)。気象観測データは公開されていないが、こうした天気予報の利用は農家が農薬散布のタイミングを決定する際に有用であるし、次世代の農業の担い手育成にとって重要であろう。なお、これまで継続されてきたNDHMの気象情報の利用方法は本書で示した通りである。
注6)現在の気象状況と天気予報はForecaによるものである。
http://corporate.foreca.com/en/products-services/industry/agriculture