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6-2 予測情報の利用法とサクーにおける殺菌剤散布回数の最適化

 北海道農業試験場は道内4か所に設置した病害虫予察圃場において1956年以来、今日に至るまで疫病発生状況を観測し、記録している。実際の疫病初発日は、FLABSによる予測初発日の前後 5-10 日間にその70% が起き(p.36参照)、一部の地域ではFLABSによる危険期到達日以前に疫病が発生し、疫病が危険期到達日以前に初発する可能性は否定できない(北海道病害虫防除所,1991 参照)。バレイショ疫病の予測情報の利用法を理解するために、以下、十勝試験場の疫病に関する観測データを例として説明する。図29は1956年~2015年の期間の60年間、男爵と紅丸を供試品種として観測した、萌芽日から疫病初発日までの日数の分布を示している。疫病が発生しなかった2ケ年のデータを除くと、平均日数は43.7日、標準偏差は9.4で、分布はかなりフラットである。農家が、こうした情報で殺菌剤散布のタイミングを決めことは難しい。気象はランダムに表れると想定せざるを得ないからである。

図29 疫病発生年の萌芽日から疫病初発日までの日数の分布

注)品種は男爵と紅丸

 図30 FLABSによる感染好適指数による初発日の予測の事後累積確率

 (十勝、1986-2015年の萌芽日、FLABSによる初発日の予測日、実際の疫病初発日の

 データを使用、供試品種は男爵と紅丸の2品種

 FLABSはその年の日々の気象観測データを利用することにより疫病発生危険期間を限定し、初回散布のタイミングの意思決定を助ける。1986-2015年の期間について、芽室町におけるFLABSによる予測の確らしさを示したのが図30である。FLABSの感染好適指数による予測初発日と実際の疫病初発日との乖離日数を累積確率で示している。FLABSによる疫病危険到達日(感染好適指数が21になった日)から1週間以内に発生する確率はおよそ6.7%、2週間以内では28.3%であった。感染好適指数が20(危険到達日以前)で疫病が発生した年があったが、ほぼ危険期到達期に達しており、初回の殺菌剤散布時期の決定にFLABS情報が有用であることを示している。

 危険期到達日に達した後の初回の殺菌剤散布のタイミングの意思決定は、個々の農民に委ねられ、その一つの方法として予防的防除 Preventive fungicide program、いわゆる計画防除 Scheduled fungicide programがある。2016年の気象観測データでFLABSによる感染好適指数を算出し、これを用いて農民の殺菌剤散布行動を評価し、殺菌剤の初回散布のタイミングと散布回数の適正化について検討した。

 サクー村における夏バレイショについて、2016年9月10日播種、同月15日萌芽の上流部バレイショ生産農家の散布行動を事例として、FLABS情報を利用した「最適」な殺菌剤散布回数を示したのが、Fig.30である。最上段に1971-2014年のネパール気象庁NDHMの気象データから算出された、9月中旬萌芽の場合の危険期到達日のレンジを表示した(前掲表9参照)。2段目はバレイショの生育段階、を示す情報、実際の農薬散布日、その際の圃場の状況を記録するようにする。個々の農家が記録することによって年次間変異を明らかにし、サクーにおけるFLABSによる疫病初発日の予測精度を高めると同時に、疫病対策を一歩進める情報が蓄積される。とくに年次間の気象変動がもたらす疫病対策の違いを知ることができよう。そして、最後の段にサクーで観測された気象データから算出したFLABSによる感染好適指数をプロットする。これは日々更新される情報である。

 この事例の場合、感染好適指数は9月25日に21を超え、10月8日までの間に疫病が初発すると予測された。(1) 葉面などに付着したマンゼブの薬剤成分の有効期間を考慮して、殺菌剤の初回散布後の散布間隔を1週間とし、(2) 収穫1週間前には殺菌剤を散布しない、という条件のもとで、リスク回避行動の違いによる散布回数を計算すると、

 a. 疫病リスクを最小にしたい農家は、指数が21を超えた9月25日に初回の散布を行う。そして1週間ごとに、定期的な防除を続ける。

 b. 散布回数をなるべく減らそうとする農家は、FLABS指数が21に達した時点から2週間以内の期間で、初回散布日を決定する。2週間遅らせると、殺菌剤の散布回数は2回減少する。その際、農家は降雨量、気温や湿度などに最大限の注意を払い、「気象」予報を利用して、散布のタイミングを決める。すなわち、「雨が降って、散布できなくなってしまった」ということはないように行動する。

 もっともリスクを回避するaタイプの農民の散布回数は9回、Bタイプの農民の場合は、初発予測日までの2週間は農民の判断に委ねられるが、最大2回の散布を節約する可能性がある。いずれにしても、2016年の夏バレイショの気象条件下では、殺菌剤の散布回数は10回を超えることはない。

写真28サクーで利用可能な気象予報の例

 同様に、冬バレイショについて殺菌剤の散布回数を検討した結果がFig.31である。NDHMデータによる疫病危険期の過去43年間の平均値は3月28日になるが、レンジが大きく、2月19日から4月20日までの範囲にある。年次間変異は夏バレイショに比べると格段に大きい。大きな年次変動は、情報利用によってその年次の気象に合わせた適正な農薬散布が可能であることを示す。

 2017年の気象は、萌芽日の違いにかかわらず、3月上旬まで感染好適指数はゼロのままで、3月29日に21を超えた。すなわち、3月29日まで殺菌剤の散布は不要であった。しかしながら、サクー上流部で2017年1月1日に播種し、2月1日に萌芽した圃場の農民は、草丈が9inに成長した2月6日に初回の農薬散布を実施した。この日の感染好適指数は 0 であり、適正な初回の殺菌剤散布のタイミングとはいいがたい。FLABSによる疫病初発予測危険日より50日も早かった。実際、疫病発症の葉変もまったくみられなかった。図に示したように、この圃場では4月中旬に収穫したので、リスクを最大回避するaタイプの殺菌剤散布行動の場合でも農薬散布回数は3回になる。この年の疫病の被害はほとんど話題にならなかったので、農民リーダーが「冬バレイショは無農薬も可能かもしれない」との意見は、検討に値する。

 1年の観察で結論することはできないが、「冬バレイショ作の草丈9inの生育段階で殺菌剤を初回散布する慣行」は、疫病の感染好適な気象条件を加え検証すべき課題といえよう。

 2016年夏バレイショ、2017年冬バレイショの事例分析は、FLABSを利用することによって、殺菌剤散布の最適化が可能であることを示す。冬バレイショの防除は、基本的に3月の降雨に注意し、圃場を毎日丁寧に観察し、殺菌剤を散布すべきかどうかを判断する。今後、ダイアグラムや記録方法を工夫し、個々の農家が慣行法を改善することで、農薬の使用量を最小限に抑えることは可能である。

Fig. 30 Optimal patterns of pesticide use by FLABS for 2016 summer potato

Fig.31 Optimal patterns of pesticide use by FLABS for 2017 winter potato

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