5-2 疫病予察圃の設置
予察圃のもっとも重要な機能は疫病の初発日を記録することである。予察圃の呼称については「展示圃」「観察圃」などがあるが、’Dharuwa observation / Demonstration plotと称することにした。これを閉鎖的な圃場で実施するのではなく、サクーの農民が誰でも観察可能ということで展示圃場と称した経緯がある。
一般的に、疫病菌は種イモに潜在するものの割合は小さく、菌の胞子が10km圏内から飛散し、感染するといわれている。感染後の拡散は、その年、その場の気象条件によって早まったり、遅くなったりする。すでにサクーでは農家の予防的散布により農薬が散布されているため、疫病が抑制されている。このため、初発日が不明である。疫病初発日そのものが不明では、予測の精度を測ることはできない。予察圃場を設置し、無農薬状態で感染初発日を記録する必要がある。初発日の観測は、農家が日々予察圃場を観察することで十分可能である。これによって、気象観測データによる疫病発生危険日の予測方法を改善し、農薬散布の最適化がより確実にできる。
予察圃場は、疫病初発日の観測以外にも役割を持っている。その一つは、サクー全域での疫病感染の特徴を知る情報がえられることである。耐病性品種の効果を確認でき、農家の品種選択にも有用である。農家の誰もが種イモの大きさの違いや、最適な株間を認識し、あるいは無農薬栽培の収穫までの変化を観察することができる。
1)経緯
2016 年 8 月にサクーから 2 名のネパール農民が国内研修で北海道を訪問した折に、北海道中央農業試験場 (長沼) の協力を得て、病害虫予防部の疫病予察圃を案内した。その折に気象条件による疫病発生を予察する方法を検討するには、気象条件が北海道・欧米とは異なるので、サクーでも予察圃の設定が必要であることを説明した。
サクーでの夏バレイショ栽培では播種時期にかなりの幅がある (Fig. 8)。気象条件が雨季の後期から乾季に変化し、夏バレイショの初期生育は早期栽培では高温・多雨、後期栽培では低温・寡雨である。このために疫病発生環境は大きく異なるので、早期、中期、晩期栽培に合わせて3回の播種を計画した。この場合、サクーでのイネ (品種: Taichung が主体) 収穫時期と夏バレイショの播種時期を考慮し、9 月中旬、10 月上旬、10 月下旬 (約3週間ごとで、早期と晩期の期間は 1.5 カ月間) が望ましいと考えていた。実際には、早期栽培を予定した Ps 圃場での設定が予定より遅れた。稲刈り、畦造成とも労働力不足が主要因であり、また、バレイショ栽培予定の圃場で播種できなかったことも影響した。このため早期栽培区での播種を終えた段階で中期栽培を省略し、2栽培時期でもよいことを提案したが、現地担当者の意見を取り入れ、当初案通り3栽培時期となった。
2)設置場所、供試品種、圃場内配置、現地記録担当者など
バレイショ疫病の予察圃を前掲Fig. 7に示した Ps、Rm、Ba3ヶ所の圃場に設定した 。播種方法をTable 9 に示す。それぞれほぼ上流・中流・下流域に相当し、早・中・晩植えの3栽培時期とし、10 月 3, 12, 22 日 (約 10 日間ごと) に播種した。予察圃面積は 25-52 m2 (0.8~1.6 aana)である。
各圃場に播種時の種イモ入手の都合により 3-4 品種を供試した (Table 10)。すなわち、Janak Dev (Janakdev)、Jhapadi (in Newari, Degiree by Nepalese)、Cardinal、Nilo (MS potato 42) である。
予察圃は一般栽培圃場の一画に設置したので、品種はそれぞれの圃場の形状と種子量に応じて配置した (Fig.20)。設定した面積を有効利用するため (慣行でもある) 圃場脇の畦道沿いにも播種した。栽植間隔は圃場によって畦幅 75-102 cm、株間は 20-38 cm、栽植密度は 3.1-4.8 株/m2 であった (Table 8)。萌芽個体数 (株数) は圃場と品種によって 24-64 の変動があった 。
なお、予察圃Psの場合、全圃場 (2 ropani) への施肥は、堆厩肥が 30 bags (200 Rs/bag (≒ 50 kg))、尿素 20 kg、DAP 10 kg、Easy Grow (中国製、粉剤。フミン酸 (腐植酸) 65%, アミノ酸 5%, キレート態 Zn, P, Fe, Mn (成分の明示なし)) 2 kg であった。肥料成分 (N-P2O5-K2O) 施与量は 110-46-0 kg/ha となる。除草剤などは無施与である。
予察圃では、すべてMancozeb 無散布処理のみである。また、管理を単純化させるため、virus 対策として必要な殺虫剤散布はしなかった。アブラムシの発生はこれまでも少なかったので、大きな問題とならないと判断した。なお、予察圃では疫病発生により単収は減少することが予測され、期待される生産量と実際の生産量との差引量に相当する販売金額をプロジェクトチームは補償することを約束した。単収がゼロとなった場合の補償金額 (疫病が壊滅的被害を与えたときの最大金額) は 圃場あたり1,200-2,500 Rs である。なお、予察圃を提供した農家は農薬散布した一般圃場と比較すると、予察圃の収量は約20パーセントの減収と評価していた。
予察圃の設定では、グループ内のリーダー農家層が主導した。種イモはすべてグループメンバーが利用していたものを分譲してもらい、播種作業は 2 人が主に従事し、疫病観察・記録は農家リーダー 1名が担当した。
3予察圃のそれぞれについて品種一覧と疫病記録指針表、品種配置図、疫病記録紙を準備し、リーダー農家およびカウンターパートCENEEDの担当者に手渡し、記録はリーダー農家、カウンターパート、日本の専門家の3者でクロスチェックした。
3)通常の実験計画法による圃場計画との違い
計画段階からリーダーグループ農家による自主的、実践的な指導を重視したため、2016年夏バレイショ栽培における予察圃の設定ではハードとソフトの両面で、通常の実験計画法に基づく圃場計画と比較すると以下のような違いがあった。
(1) ハード
a) 対照区として農薬散布処理 (散布の有無処理) を設定していない。対照区としては、疫病耐性には品種間差があろうが、適正に Mancozeb を散布すれば、いずれの品種とも疫病発生を完全に制御できることを前提に、観察結果を解析せざるを得ない。
b) 播種時期を複数設定できたことは気象条件の変動を考慮すると妥当であったが、早植え処理の播種時期は遅過ぎた。諸般の事情はあったが、技術指導がリーダーグループを中心に行われたためである。
c) 供試個体数は品種によって極めて少ない例が発生した。当初には、各品種について 50 個体 (プラス処理個体以外の余裕で 2 倍程度)を測定対象とすることを意図していた。狭い面積に多数の品種を含めた結果である。
d) 圃場において何らかの実験区を設定する場合には、設定圃場の周囲を除くことが常法であるが、本予察圃では設定できなかった ( 畦道脇さえ対象処理区となった )。圃場周囲は外部の影響があり得る ( border effect と呼称される )。たとえば、疫病感染に関しては、胞子の飛来を考えれば水路・通路側で発生が多い可能性があり、一般圃場でそのような傾向が認められている。
(2) 観察と記録方法
a) リーダー農家とともに予察圃を一緒に訪れて、発芽と疫病発生の観察・記録方法を伝授したのが遅れた。予察圃での播種後、当会の専門家が連日、現場を視察、状況を観察するとともに品種間に竹杭を挿して境界を明示するなど、観察に問題を発生させないように対処した。また、播種が遅れたため低温期に入ったこともあり、萌芽日までに時間がかかり、また農民は我々が思っている以上に忙しかった。諸般の事情のため、観察・記録者は 特定の者に限られるであろうと考えていたが、正式に決定したのが遅く、早植え圃場で萌芽がほぼ済み、疫病が 2 個体のみで発生し、中・晩植えでは限定された品種で萌芽し始めたときであった。当該時点での観察方法を説明し、記録用紙に記録してもらい、今後の起こり得る状況に対応した観察・記録方法を説明した。帰国後に観察・記録方法に関する問い合わせが数回にわたってあったので、メールにて詳細を知らせた。専門家が観察と記録方法の指導のために発芽後 2 週間~ 1 ヶ月間は滞在するべきであった。
b) 試験区の設定を正式とするにあたっては、圃場を借り上げ、観測者を雇用することが必要である。
以上、チームメンバーが住み着いてすべての工程を一緒に処理できなかったので、ハード・ソフト面での問題を口頭で説明することには限界があった。たとえば、彼らは播種日をかなりよく記憶していても、ほとんどは萌芽日(萌芽率50%)を認識していない。したがって、理解してもらった範囲で実施していくことが重要と考えて対処した。
なお、農薬散布区を設定していないので、隣接の一般圃場での疫病発達程度などの観察は参考になるが、予察圃の観察に重点を置き、敢えて指示しなかった。また、予察区と隣接圃場における単収もまったくの概算でよいので得ることができると重要な参考になる 。しかし、3箇所の予察圃においては複数の品種が栽培され、それぞれの面積は小さいので、packets, bags 数 (慣行法) に依る計量はできず、敢えて依頼しなかった。
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