4-4. サクーにおける殺菌剤散布のタイミングの検証
Fig.18は農民の夏バレイショと冬バレイショの生育ステージに合わせた農薬散布行動をFLABSによる疫病危険期到達日および予測初発日の算出結果から検証したものである。サクーの農民は、夏バレイショの場合は培土を終え、およそ3 in(8 cm)の草丈に成長した段階で、初回の殺菌剤を散布する。その頃、農民は「曇りの日が多い」「長雨」といった気象要因に注意を払う。冬バレイショについては、草丈9 in(23 cm)を目安に殺菌剤を初回散布する。夏と冬の初回の農薬散布のタイミングの違いは、FLABSによる疫病危険期到達日の違いと基本的に一致している。すなわち、夏バレイショの初回散布は生育の初期段階で実施され、冬バレイショはより成長が進んだ段階で実施されている。
夏・冬バレイショのそれぞれの殺菌剤散布のタイミングの違いを分析するためにFig.19に疫病危険期到達日 (NDr) の年次間変動を示した。夏バレイショの場合、萌芽が 9 月初旬であると 6-10 日区間での危険到達日の頻度が著しく高かった。一方、萌芽が 10 月初旬であると、10-20 日区間での頻度がやや高かったが、それよりも短い、長い日数もそれなりの頻度で、やや偏った正規分布であった。このことは萌芽が9 月初旬であれば、6-10 日区間で初回散布することが最適であるが、萌芽が10 月初旬になると、10-20 日区間よりも前に疫病が発生する可能性を否定できない。したがって、農民は安全最優先で、早い生育段階で初回散布している、合理的な対応がなされていると結論できる。
農民の夏バレイショの殺菌剤散布の意思決定は、以下のようである。バレイショ価格の高値の時期、11月に出荷しようとして、9月初旬に種イモを植えると、萌芽1週間後に80%の確率で疫病発生危険日に達し、初期生育段階から殺菌剤の使用が必要になる。サクーの農民が夏バレイショの殺菌剤使用をやめることが難しいと考える理由は疫病発生の好適気象条件下で生育が進むことにある。種イモの植え付けを10月に遅らせた場合は、1週間後に疫病発生危険日となる確率は30%まで減少し、初期成長段階での疫病発生の確率は確実に減少するが、収穫時のバレイショ市場価格は低下し、低い気温が収穫量へ影響を与える。
上流部の農家は田植えが早く終わるので、(1)9月の水稲収穫直後に種イモを植え付ける、(2)種イモ植え付けを10月まで遅らせる、という二つの選択肢をもつ。いうまでもなく、バレイショ価格が高い時期に収穫できる(1)を選択するのが経済合理的である。この際、疫病による減収リスクを最小化するため、初回の殺菌剤散布日を早くする傾向にある。
一方、冬バレイショの初回散布時期は過去の気象データから算出されたFLABSの結果より早く、嫡蕾期よりもかなり早いといえる。冬バレイショの危険期到達日数 (NDr) の年次間変動をみると、萌芽日が 1 月の場合は60-80 日区間、2 月下旬の場合は 20-40 日区間 での頻度が高かった。冬バレイショの場合は、降雨ゼロの期間が長いために、夏バレイショと比べると疫病リスクははるかに小さい。またNDrの変動は夏バレイショのようなはっきりした特徴は見られず、長い、短い日数にもそれなりの頻度で分布していた。低温による結露などの影響、3月の降雨の影響をみながら、初回の殺菌剤散布のタイミングを判断することが求められる。
× Risky date
Possible initial incidence of Late Blight disease
Fig.18. The difference of risky date in summer potato and winter potato
Note: (1) and (3) signify the period of plant emergence as being the first and
third 10 days of a month respectively.
Fig. 19 Frequency of the number of days for the risk of potato late blight outbreak
(NDr) in winter potato cultivation.
FLABSによるNDrの算出結果は、夏バレイショと冬バレイショにおけるサクーの農民の疫病対策のための殺菌剤散布行動の違いをよく説明しているが、彼らの殺菌剤使用は「計画防除」法に近い。計画防除は減収のリスクを確実に小さくするが、毎年異なる疫病の感染好適気象条件に注意を払うことが少なくなり、同じパターンで農薬を使用するため、殺菌剤の使用が過剰になりがちになる。以上、過去の気象データからサクーにおける適時の殺菌剤散布の改善余地は大きいと推測され、継続的な気象と疫病観測による検証が不可欠である。