2-4 サクーにおける殺菌剤の使用状況
2015年作の冬バレイショと夏バレイショについて、農薬散布の回数、時期などを2016年3月に調査した。調査農家102戸のうち94戸が夏バレイショを作付していた。
1)冬バレイショの農薬の平均散布回数は3.5回。最頻値は5回であった。これに対して夏バレイショの散布回数は平均9.9回、最頻値は10回であった(図10参照)。「毎日かける農民がいる」との話もあった。
2)夏バレイショは培土後の灌漑が生育の決め手になり、農民は培土前後に圃場での疫病発生状況を観察している。また、夏バレイショは草丈が3インチ、冬バレイショは草丈9インチを初回の農薬散布日の目安にしている。とくに夏バレイショの生育初期では疫病の好適気象条件が続くため、萌芽後(50%の株が萌芽した状態)早い時期に、疫病が発生する可能性がある。冬バレイショ栽培で多くの農民が培土前に初回散布をしているのも、予防のための農薬散布とみなされよう。培土後の農薬散布回数の分散が大きいことは、改善の余地があることを示す(図11参照)。
図10 2015年の冬バレイショと夏バレイショとの農薬散布回数(技術指導前)
図11 2015年の夏バレイショの培土前と培土後の農薬散布回数(技術指導前)
農民は夏バレイショと冬バレイショとで、疫病の発生度が異なることを把握している。指導開始前に農民リーダーから「冬バレイショは減農薬が可能だが、夏バレイショの場合は疫病にかかった際の被害(収量減)が大きく、農薬散布回数を減らすことは難しい」との意見があった。アンケートの結果では、夏バレイショの農薬散布回数が農家で大きく異なり、培土後の散布回数の分散が大きいことを示している。農家の対応の違いを精査し、マンゼブの使用回数上限の10回を超える場合については、早急に農薬散布技術を見直すことが必要である。
2014年3月初旬に実施した全圃場調査では冬バレイショの病変葉を見つけるのが難しく、3月下旬になって疫病のごく少数個体で発症の報告があっただけである。2015年夏バレイショにおいても広くバレイショ栽培圃場を視察したが、疫病の初期発生は一個所の少数個体のみで、その他の病害も認められなかった。これが、農薬の徹底使用によるものなのか、気象要因など疫病発生の好適条件の変化によるものなのかは、現時点では判断に必要な情報が不足している。減農薬技術の普及のためには、気象情報や疫病に関するローカルな情報の蓄積が必要である。
バレイショの主な病害は、疫病以外に黒あざ病、そうか病、ジャガイモシストセンチュウがあり、いずれも徹底的な対策が必要とされる病害である。指導期間において、農民から現物をもちこまれ、相談を受けたのはそうか病であるが、ごく少数個体にとどまる。特異なケースは2016年冬バレイショ作で農業改良普及員に相当するであろうJunior Agricultural Technician ( JTA ) 経由のPBSを生産した農家からもちこまれた乾腐病である。定温倉庫から農家貯蔵庫へ移動した後の発芽期間中に発症しており、すべて廃棄するよう指導した。農家にとっては初めての病害で、JTAもその対処方法をほとんど知らなかった。公的な農業技術普及の担い手の育成に多くの問題があることを示している。
疫病対策として種イモ消毒は無効である。ウイルスフリーなどの種イモは入手が難しく、農民は十年以上も自家生産したバレイショを種イモとして使用する。具体的には、収穫時に大小のサイズを選別し、大きなものを販売し、小さなものを翌年の種イモとして倉庫へ保管する。大きなものを種イモとして使用したほうが初期成長が早く、収量は多いが、サクーでは、とくに夏バレイショの場合、切る必要のない小さなイモをそのまま植える。
ネパールでは、もったいないという考え方で、種イモとして保管したバレイショのすべてを植えてしまう農家が少なくない。定温倉庫から自家の種イモを搬出後、スペースがある農家は浴光催芽の期間があるので、その際に、「疑わしい」種イモを選別し、植えないよう指導した。罹病したバレイショを種イモに使用しないという基本を守ることが重要である。とくにウイルス発症の場合は、種イモを切り分けた場合、同一の株をすべて引き抜く必要がある。この引き抜きを確実にするために、種イモの正しい切りかたを指導した。
アンケート調査の結果から、2015年の冬バレイショと夏バレイショの農薬使用量を概算する。経営面積が小規模の場合、購入した農薬を夏バレイショと冬バレイショの両期間にまたがって使用することが多い。したがって、夏バレイショの作付面積が1ロパニ( 509m2 )以上、かつ冬バレイショを作付けした農家について、農薬の年間購入量を夏と冬バレイショの作付面積合計で除し、単位面積当たりの農薬投入量を求めた。図12は1ロパニあたりの農薬投入量の分布である。その平均値は556グラム、標準偏差は266である。この平均値を使用して農薬費用を概算すると、粗収益に占める割合はおよそ1%になる。現時点では農薬費用が経営費に占める割合は大きくはないが、農薬の年間投入量と夏バレイショと冬バレイショの作付面積合計には負の相関(r=-0.116)がある。小規模層に農薬投入量の多い農家があり、殺菌剤使用の技術的な改善余地を示すものであろう。
図121ロパニあたりバレイショ殺菌剤投入量の分布
(2015年の冬/夏の期間合計:技術指導前)
参考:北海道における疫病対策のための農薬散布回数
北海道では2015年にバレイショ全栽培面積 51,500 ha で防除がなされた。北海道病害虫防除所 (2016b) による現況調査 (集計) では、北海道内におけるバレイショ栽培の実面積と疫病防除の延面積とが集計されている。両者の数値に基づいてバレイショ栽培期間中の防除回数 (= 延面積/実面積) を算出すると、平均 7.3 回であった。ただし、圃場ごとに面積、品種、栽培期間、栽培体系、また、地域性 (自然環境) が異なり,使用する農薬の種類は多種で散布回数も同一ではないので、この数値はあくまでも概数である。なお、2015 年において、北海道の疫病発生面積は全栽培面積の 15% であった。
Table 4 Agricultural Input and Output Price in Sankhu, 2015-2016