2-3 殺菌剤マンゼブ
Sankhuのバレイショ生産に使用されている農薬を調査した結果が表3である(2016年3月調査)。またTable 4は2016年5月調査のSankhuの農業資材の小売価格調査の結果である。植物栄養剤(主に微量肥料要素)を調査に加えた理由は、多くの農家が農薬希釈の際に混合し、散布しているからである。農薬散布作業中に、「何をしているのですか」とたずねると、「ビタミンをかけている」と答える農民が多い。1990年代から栄養補充剤を使用する農民がいたが、技術指導時に実施した土壌分析結果によれば不要である。また農薬と混合する根拠は不明である。
Sankhuで使用されている農薬のほとんどがマンゼブ ( Mancozeb )注3)を主成分とするものである。Sankhuにおける夏バレイショの栽培期間は雨季後期に相当し、バレイショ疫病 ( Late Blight ) の菌 ( Phytophthora infestans L.) の繁殖にとっては適温の多雨・高温(以下同様)の条件にある。2007年頃にバレイショ疫病による減収を経験し、この対策に有効なマンゼブの殺菌剤が急速に普及した。
注3)マンゼブの開発の歴史と世界での使用状況についてはGullino ( 2010 )、毒性評価についてはEPA ( 2005 ) を参照。
マンゼブは有機硫黄殺菌剤 (エチレンビスジチオカルバミン酸ナトリウム, Ethylene-bis-Dithiocarbamate, EBDC) である。多作用点を阻害するために耐性菌の発達から免れ、基幹防除剤に位置付けられている。安定した予防効果を発揮し、極微粒子構造により、作物への付着性がよく、雨にも流されにくい性質をもつ他、その特異な化学構造から残効性にも優れた保護殺菌剤である。また、同時に害虫に強い抑制効果を示す。マンゼブは野菜・果樹など、さまざまな作物病害対策に汎用性を持つ農薬成分として、現在、ヨーロッパ、アメリカ、日本でもよく使われている。マンゼブは主にインドで生産されていたが、中国が製造技術の開発に成功し、両国が2大産地になっている。
農薬の主な輸入先はインドである。近年、中国からの輸入が増えている。Atreya (2010) によれば、ネパールにおける農薬の総輸入量は1999年に11万トン、2006年には13万トンであった。2007年、総輸入量は35万6千トンに急増し、前年比で2.7倍になった。その内訳は殺菌剤23万7千トン、殺虫剤10万6千トン、殺鼠剤3万1千トン、除草剤1万1千トン、その他である。殺菌剤は前年比の3倍以上、総輸入量の7割を占め、ほとんどがマンゼブであった。農薬輸入量が急増した時期は、10年ほど前にバレイショ疫病のため収穫皆無に近い圃場があったという、サクーの農民の記憶と重なる。
マンゼブの作用機作と植物体への定着について整理すると、
- 接種の際、葉裏から胞子を噴霧した場合に葉表に噴霧したときより発病は多い。したがって葉の裏に農薬をかける意味は大きいと思われる。菌は気孔から侵入することが一般的である。
- マンゼブは胞子産出、飛散にはそれほど影響を与えない (抑制することはできない)。
胞子の形成を抑制するにはマンゼブは力不足かもしれない。
- マンゼブは胞子発芽後の菌の細胞への侵入を阻止するものと考える。種イモに感染した疫病菌の植物体内での生育には影響を及ぼさない。第一次発生源に対するマンゼブの効果は低いと考えられる。胞子飛散後、その他の株への侵入を阻止する役目となる。
- 飛散胞子は雨による跳ね上がり、胞子の飛散、浮遊などにより、葉の裏に付着する割合はそれなりにある。
- 飛散胞子は成熟しているものがほとんどと考えられる。低温のときは遊走子で発芽し、このときは遊走子のうの成熟度(遊走子の分化)が問題になると思われるが、高温においては遊走子のうから直接発芽管を出すので、ある程度に未成熟でも問題なく侵入できると思われる。遊走子のうを胞子と称するのはこのためである。発芽侵入後しばらくは細胞に侵入し栄養分を吸い取りつつバレイショ細胞を殺すことはせずに葉内に菌糸を伸ばしていくが、ある時点で葉の細胞を殺し病斑が現れ、遊走子のう柄の先端に胞子を作るという経過となる。
マンゼブは「浸透性」の薬剤ではないので、疫病の非交配型サイクルで、茎葉部での疫病初発段階での防除効果が大きい。マンゼブは薬効がはっきりしているので、適切な圃場管理・作物管理によって、農薬使用を最小限にとどめることは可能である。
表 3 サクーにおける使用農薬、栄養補充剤、展着剤 (1) 2016年3月調査