2 バレイショ疫病と農薬使用
2-1 疫病についての農家の理解
ネパール語で疫病をDharuwa(ダルワと発音)という。疫病が発症すると、葉に水浸状の暗褐色の病斑が現れ、葉の裏側に白い菌糸が生じる。罹患したバレイショの内部は赤褐色である(写真8参照)。2016年3月に実施したアンケート調査(付録参照)によれば、Sankhuの農民は疫病が発症した病変葉をよく見分けることができる。しかし、葉裏の菌が疫病拡散の大きな要因となることなど、疫病の特徴や効果的な防除の理解はまだ十分とはいえない。
疫病の増殖過程には図9に示したように二つのサイクルがある。疫病の伝染経路と発生環境についてみると、病原菌は菌糸が種いものなかで越冬し、これが萌芽後、地際部の茎に一時病斑を形成し伝染原となる。また収穫期に罹病茎葉が残っている場合、ここで作られた胞子が地表に落ち、新塊茎への感染源となる。特に気温が17℃以下で多雨になると胞子は高率に間接発芽をし、遊走子が遊泳し、塊茎に到達する。バレイショ疫病は茎葉などで生成された胞子が拡散することで、蔓延する。これが非交配型のサイクルである。一方、交配型のサイクルではA1とA2両種の交配によって形成された卵胞子が気象条件にかかわらず塊茎や土中に長く生存し、第1次伝染源となる。病原菌の活動には気温と湿度の影響が大きい。10℃を超えると活動は始まり、18℃から20℃が最適温度である。さらに降雨により多湿になると急速なまん延をもたらす。夜間の結露は胞子の形成、発芽および感染に好適し、日中が乾燥すると多量の胞子飛散が起こる。この疫病のサイクルを理解し、適正に農薬を使用すれば、収量減少を最小限に抑えることができる。(北海道病害虫防除提要(2014)p.246参照)。
図9 バレイショの疫病サイクル
注)APSNET,Peret(2010)などを参考にして作成
写真3 バレイショ疫病に感染した葉(特徴)
写真4 Identified by black/brown lesions on leaves and stems that may be small at first and appear water-soaked or have chlorotic borders, but soon expand rapidly and become necrotic.
写真5 葉裏には白いカビ上の菌糸が拡がる
写真6 菌糸の拡大写真
写真7 Sporangia and sporangiophores
胞子のなかに多くの菌が存在する(北海道大学農学研究院植物病理学研究室)
写真8 バレイショ疫病による塊茎腐敗内部の褐変
(北海道大学農学研究院植物病理学研究室)
写真9 疫病を正しく識別するための採取と観察
写真10 葉裏の遊走子のうを簡易顕微鏡で観察
写真11 顕微鏡による菌の観察とスケッチの指導
写真12 顕微鏡による菌の観察とスケッチ
UC Pest Management Guidelines,
http://ipm.ucanr.edu/PMG/r607101211.html
Late blight lesions can occur on all aboveground plant parts. On leaves, lesions typically first appear as small pale to dark green water-soaked spots that are irregular in shape and surrounded by a zone of yellowish tissue. Under conducive conditions, lesions expand rapidly and become brown to purplish black as tissue is killed. Under sufficient humidity, white sporulation of the fungus can be observed at the periphery of lesions, principally on the underside of leaves. On stems and petioles, lesions are brown to black and may also support sporulation of the fungus. Infected tubers develop a firm brown decay that starts on the outside and may later extend to include the outer 0.125 to 0.5 inch (3–12 mm) of tissues.
(中略)
High humidity (above 90%) and average temperatures in the range of 10.0°C to 25.6°C favor the disease.
事業実施中、2015年の10~11月は全圃場調査によって疫病を見つけることはかなり困難であった。視認したのは Salmutur 南側の低地 (川沿い) の一角のみ、それも少数個体であった。翌年3月10日~14日の疫病発生調査において、Sankhuの南側を流れるManohara river上中流地域での発生は見られなかったものの、下流地域の一部ではジャガイモ茎の地際部に病斑、遊走子のうが多数見られる発病株があり、その周辺の葉には病斑が多数見られた。これらは、疫病感染種イモから発病した株から遊走子のうが飛散して伝播したことが強く疑われる様相であったが、発病が見られた圃場周辺では既に薬剤散布がなされており、適切な防除がなされていたと考えられる。
これら発病茎葉の一部を採集し、ワークショップにおいて疫病菌の遊走子のうを簡易顕微鏡により観察することで、農民にその実際の形態を確認してもらった。その際に、一般に病斑ひとつに数万から数十万個の遊走子のうが形成されるが、これまでの経験から、このような初期病斑を認められた直後からでも、概ね1週間毎の農薬散布により病害進展抑制に有効であることを説明した。マンゼブは図9の太線で囲んだ領域で有効に作用する。
遊走子のうの増殖と環境条件との関係についての質問があり、降雨と20℃前後の気温が関係することを示したが、温度と病斑進展についての関係を示した文献はあるが、降雨との関係の文献はないので、詳細な条件について回答はできなかった。これまでネパールではローカルな気象条件が疫病発生に与える影響の基礎研究はなく、対症療法としての農薬使用が先行しているため、気温、降雨量、湿度などの気象観測情報利用の有効性を後述のFLABSによって説明した。
農家が農薬を使用するのは疫病による減収を避けるためであることは多言を要しない。しかしながら、疫病が収量に与える影響について、ネパールでの調査事例は少ない。NARC( )のネパールの低地 (高度 100 m の Terai) における冬期間の試験結果 (3 年間の平均) によると、殺菌剤無散布区であってもバレイショ単収は殺菌剤散布区の 70-80% 、20~30%の減収率であった。各種殺菌剤による効果に大差はなく、また、散布回数による差異もそれほど大きくなかった。種イモの供給が需要を満たしていないネパールの現状と種イモ保管方法などを考慮すると、疫病による減収被害が大きくなる可能性は否定できない 注3)。
注3)Stevenson (1993) は、疫病被害が制御できない場合、種イモへの感染と種イモ貯蔵時の劣化によって100%の損失になりうるとしている。Haverkort et al.(2008) は、疫病によるEU諸国の経済的損失は年間60億ユーロと推計している。日本では、日本植物防疫協会(1993)が試算した農薬を使用しない場合の全国の農作物被害推定がある。試験数は少ないが、農薬を使用しない場合、病害虫によるバレイショの減収率は31.6%、品質低下を評価した出荷金額の減益率は41.6%となっている。なお、3~5年間の継続した試験研究事例では15~40%の減収率であった(北海道(1996)参照)。近年の試験研究事例では、田村他(2012)がバレイショ有機農法(輪作のもとでの農薬無散布)試験圃場における減収の程度は慣行農法の30~40%であった。