1-3. 作物栽培状況
1)Sankhuにおける農地の地帯区分
作物の栽培暦を把握するため、作物の栽培体系 (主にイネの収穫、バレイショ播種状況に基づく) と地形的特性を考慮してSankhuにおける農地の地帯区分を試みた。すなわち、Salinadi road の北側、その南側では Canal road の東・西部をそれぞれ上部段丘 (中位河岸段丘面) と下部の低地部とに分け、5区分 (I ~ V) とした (Fig. 7)。農地面積は I と IV 区分で 49-55 ha と大きく、V 区分で 13 ha と小さい (Table 1)。Sankhuは河川 Manohara Khola とその支流 Sali Nadi との右岸に位置し、農地にはそれら2河川に注ぐ沢筋が入り込んでおり、単純な地帯区分は困難である。ここで流域区分の呼称は Sali Nadi の上部に設置した堰を水源とする水路に沿って区分し、上流・中流・下流と称することにし、面積的に上流域は小さく、下流域は Salmutar (Salambutar) 集落の東西に広大に広がっている。中流・下流域は河岸段丘によって形成され、明瞭な高低差があり、高台と低地部では栽培時期に大きな差異がある。
Fig.7. Agricultural zones in Sankhu village.
灌漑水の供給は主要な水路のみならず、とくに村落の北西部は丘陵地であり小河川が入り込み、河川、水路からのポンプ潅漑もある。また、それぞれの区分内での微地形・土質によっても水分 (排水) 状態は大きく異なる。たとえば、Fig.7のPs圃場でのイネは 2016 年には道路より南 (下) 側と北 (上) 側水田でほぼ同時期に収穫した。しかし、下側では収穫 2 日後にはバレイショ栽培の畦を造成、上側の傾斜は下側に比べて大きいにもかかわらず、イネ収穫後約 10 日間経過しても水が引かず、畦の造成ができない状態であった。また、Ra圃場の下側の水田 (Sali Nadi よりやや上位であるが、Sankhu内では低地部) は砂質のために降雨があっても容易に排水され、イネ収穫後には速やかにバレイショ栽培用の畦の造成ができる。
イネ収穫、夏バレイショ播種の地帯区分別の経時変化を概括すると、両者は区分 V, I で先行し、区分 III, II で遅れ、最終的な夏バレイショ播種面積のイネ栽培面積に対する割合の順序は V > I > III > II であった。
2)作物栽培暦
疫病発生の実態を知るために、まず作物栽培暦を確定した。カトマンズ盆地が位置する中部山岳地帯におけるバレイショ栽培時期は気象条件としてかなりの自由度を持っている反面、水稲移植時期が灌漑水の受益状態 (多くの灌漑地区と同様に上流優先) によって支配されるとされ (近藤巧, 2004)、その収穫にともなう夏バレイショの栽培時期に大きな影響を与える。これまでの研究調査、各種資料を精査し、また、現地圃場での観察や農民への聞き取りを通して作物栽培暦をFig.8のように確定した。
主要なイネ品種は Taichung (台中) とハイブリッドであり、全生育期間はそれぞれ約 120、150 日間である。地帯区分 I、V では主に Taichung が栽培されており、9 月下旬~ 10 月上旬に収穫はほぼ終了し、引き続いて夏バレイショが播種される。区分 IV での主要イネ品種はハイブリッドであり、収穫最盛期は10 月中旬である。本地帯区分では、乾期の潅漑水が得られないためにバレイショ栽培はなく、それを見越してハイブリッド品種 (多収であるが、栽培期間は長い) を栽培しているとみなすことができる。
Fig. 8. Cropping calendar of major crops in Sankhu
写真1 櫛状高畝
写真2 櫛状高畝潅漑
夏バレイショ、冬バレイショの名称は 現地における呼称、barkhe aloo と hiunde aloo の訳語であり、イネ (雨季栽培) の収穫直後、または、間もなくに栽培される例が前者、冬季 (乾期・寒期) に栽培を開始するのが後者である注2)。たとえば 1 月に収穫される場合はすべて夏バレイショである。一方で、12 月に播種しても夏バレイショとは呼ばず、冬バレイショと呼ぶ。夏バレイショは 9 月中旬~10 月中旬に栽培面積のほぼ 80% が播種され、それらに比べて 10 日間ほど早い例、あるいは遅い例もそれほど珍しくない。2016年10 月中~下旬において着蕾期に達した (一部は開花初期であったが、開花盛期に達した圃場は皆無であった) 圃場面積割合は 20-30% であった。
注2)日本の場合、長崎県では春作は1~3月から4~5月、秋作が9~12月の栽培期間である。九州から沖縄にかけての暖地では、10~12月に播種、2~4月に収穫する冬作がある。
2016年の夏バレイショ播種の最終日は 10 月下旬早々であり、これ以上遅くなると塊茎肥大期が低温期に入り、12月~1月には霜害が発生しうるので、妥当な判断である。夏バレイショはイネ収穫後、通常速やかに (数日間内に) 播種される。しかし、イネ収穫から夏バレイショ播種までの期間は、当日 (イネを収穫しつつバレイショ畦を造成) から1週間程度までの幅がある。その長短は労働力が確保できるかどうかにも依存している。
他の換金作物としてトマトが周年、雨よけ栽培され、カリフラワーが増えつつある。またナタネ科の野菜は古くから自給用・地元での販売用として馬鈴薯の傍らで生産され、ボクラ(ソラマメ)がボーダークロップとして植えられている。なお灌漑システム末流のサルムタールでは借地経営によりトマト、キノコが施設栽培されている。
3)バレイショの栽培法
表2はバレイショ栽培法を、Sankhuと十勝地域とで比較したものである。両地域における大きな違いは夏バレイショの種イモのサイズである。Sankhuでは1個30グラムの小さな種イモをホールで使い、植え付け後の高温、多湿による腐敗を防ぐという。冬バレイショの種イモのサイズは40~60グラムである。
栽植密度についてみると、Sankhuは条間70~80センチメートルであり、十勝地域に比べてやや広めである。この間隔は潅漑の方法、人力による畝立て・培土の作業効率とも関係しよう。株間についてみれば、夏バレイショは6~8cm、冬バレイショは10~12cmで、十勝地域の36~42cmと比べると大きな差がある。種イモの単位面積当たり種イモ使用重量は十勝に比べると3倍を超える。種イモが小さくても、条間と株間を十分広げ、風通しをよくすることが、疫病対策として有効である。また、種イモの植え付け数を少なくしても収量は変わらず、大きなバレイショは市場で高く売れるので、マーケティングの観点からの検討の余地がある。
水稲収穫後にバレイショを生産するにあたって、櫛形畝立(写真1,2)というユニークな圃場管理により灌漑の合理化と生育環境の保全をはかっている。水田利用によるバレイショ作には、水稲生産期の湛水状態によって疫病菌やセンチュウなどが死滅する大きなメリットがある。一方、気温が高く、湿度も高い夏バレイショ生産では、過剰な灌漑による疫病の発生も懸念される。技術指導では、圃場の土壌水分を農民が把握できるようにテンションメータを設置し、簡易な土壌水分計を併用しながら、経験的な灌漑と科学的判断による灌漑のタイミングについて理解を深めてもらった。なお、夏バレイショ収穫から冬バレイショ植え付けまでの休閑が短期間のため、土中で菌が生存する可能性がある。夏バレイショ収穫後は残渣茎葉を完全堆肥化するなどによって疫病菌を死滅させることが必要である。
表2 サクーと帯広のバレイショ栽培法の違い