1.2 Sankhuの農業とバレイショ生産
ネパールの2014/15年度の作物生産統計によると、食用作物として作付面積の多い順に、米 142万ha、トウモロコシ88万ha、小麦76万ha、キビ・アワ・ヒエなどの雑穀が26万ha、その他の食用作物が続く。バレイショは換金作物に分類され、その作付面積は19万haである。とくに標高 3,000-4,000 mの高地では大麦とともに重要な食用作物である。ネパールのバレイショ消費量は年間一人当たり81kg(FAO統計)で、バレイショはダール(米飯)・バート(豆のスープ)・タルカリ(野菜)といわれる伝統的な食事メニューに欠かせない、野菜として食されてきた。ネパールでは国内農産物に対する保護措置はなく、カトマンズのカリマティにある野菜卸売市場では、インド、ブータンなどからの輸入が増加している。
カトマンズ盆地は標高による生態学的区分によると、標高1,000~1,800mの中丘陵地帯(Middle Hill)に属する。温暖な気候のために、コメ、野菜、とうもろこし、かんきつ類など、多様な作物が生産可能である。Sankhuでは雨季の水稲、乾季の小麦作という伝統的な作物ローテーションが基本となり、自給野菜、かんきつ類などが生産されていた。
Sankhuがバレイショの主産地(Pocket Area)となったのは、1978 年に始まったスイス Swiss Development Coperation Nepal(SDC/N)によるバレイショ品種改良事業で、2、3戸の農家が栽培協力者として品種の地方適正試験が行われた影響が大きい。しかしながら、バレイショの作付面積が増加したのは1990年代になって、欧米からの観光客が増加する11月頃に、カトマンズのバレイショ市場価格が高騰した頃である。
5月中旬に田植えが可能な圃場では、9月初めに水稲を収穫し、その直後に種イモを植えつける。そして11月の高い市場価格での収穫を目標にしたのである。これが夏バレイショである。これに対して12月下旬から1月初旬に植付け、3月下旬以降に収穫するのが冬バレイショである。自給的な農業であったSankhuで、バレイショは重要な換金作物となったのである。バレイショの2 期作が可能な圃場の土地生産性は、伝統的な水稲―小麦の作付け地の2.7倍に上昇した(近藤他, 2000、2000)。カトマンズの人口増加とともに野菜市場の需要は拡大し続けており、バレイショ以外の野菜、トマト、カリフラワーなどの作付面積も徐々に増加している。
2016年3月実施のアンケート調査によれば、調査農家の平均世帯員は5.3人である(図2)。2015年ネパール地震により、Sankhuのレンガ組造りと木枠の伝統的様式の住居が全壊したため、多くの人々が仮住まいを続けており、1つの住居に3世代が暮らす大家族世帯は急速に減少しつつある。農地は先祖代々受け継がれてきたものの、男子均等相続制度によって零細化が逃れられない。農地の所有面積の分布をみると、2 ropani(1 ropani = 0.0508 ha)以下の農家の割合が多い。農業の担い手が減少し、兼業収入への依存度が増加している。また、小作権が法律で守られてきたこともあって、所有農地のすべてを自作することはまれで、貸すと同時に借りて、耕作するのが普通である(図3)。ネパールに農地法はなく、農地転用などの農地売買上の規制はない。農地は潅漑可能かどうかで上下順にAowal, Douyam, Siyam, Chaharに等級が分類され、地代水準が異なる。Sankhuの土地はおおむね最上級のAowalである。地価が高いので農地の所有面積の拡大は難しいが、短期の借地契約による専業的な野菜農家が現れてきており、彼らの営農意欲、技術習得の意欲は高い。
図2 農家世帯の規模と農業従事者数( n=102 )
資料:2016年3月実施のアンケート調査結果
図3 1戸あたり農地所有面積と水稲・夏/冬バレイショの作付合計面積( n=102 )
資料:図1に同じ
図4 2015年の冬バレイショ、夏バレイショの作付規模( n=102 )
資料:図1に同じ
バレイショは、Sankhuの農家経済にとってもっとも重要な換金作物である。小規模な農家も確実な現金収入が得られるので生産意欲は高く、2、3ロパニの小規模な経営面積では女性の役割が重要になってきている(図4)。冬バレイショはMulpaniにある定温倉庫で自家種イモとして貯蔵される分を除いて、販売される(図5)。夏バレイショは基本的にほぼ全量が販売される(図6参照)。なお、コメを販売する農家は4割程度であり、おおかたは自家消費のために生産している。しかしながら、現金収入を得るために収穫時にコメを全量販売し、安価なTeraiからの移入米を購入する零細農家も少なくない。
労働力は主に夫婦二人であり、伝統的な結い・手間替え(労働交換)の制度がある。近年、カトマンズの建設労働需要が増えたたため、周辺山間部に居住するタマン民族の日雇い労賃が急騰し、田植え、稲刈り、種イモの植付け、培土、収穫作業における雇用労働の確保が難しくなりつつある。これに替わって、タライ低地のイネ端境期の出稼ぎ労働者が現れるようになり、Sankhuの経済循環は新たな局面を迎えつつある。こうした変化のなかで、Sankhuでは専業的農家が重要な役割を果たすようになってきている。
図5 農家の冬バレイショ生産量と販売量、2015、Sankhu
図6 農家の夏バレイショ生産量と販売量、2015、Sankhu